SSブログ

お笑い界の大御所芸人たちが30年以上もトップで居られる理由と<ポスト紳助>などが成立しないと思う理由について [お笑い]

先月の島田紳助氏の引退騒動のあと、「<ポスト紳助>は誰になると思うか?」といった質問を複数のメディアから受けた。
この質問についての僕なりの答えは、同じく良く受ける「タモリ、たけし、さんま、紳助、所、鶴瓶、とんねるず、ダウンタウンといった大御所たちは何で30年前後もTVのお笑いのトップで居続けられているのか?」といった質問に対する答えとも、ある部分で大きく重なってくる。
短めのコメント取材ではなかなか語り尽くせない部分があるので、ここで書いてみたいと思う。

考えてみると、紳助氏は1980年のMANZAIブームで24歳の時に紳助・竜介として全国的な人気者となって以来、30代からピンのTV司会者としての仕事が増えだし、今回、55歳で電撃引退となるまでお笑い系TV司会者のトップであり続けた。今回のことがなければ、まだまだ脂ののった仕事を続けていただろう。

現在、タモリが66歳、ビートたけしが64歳、笑福亭鶴瓶が59歳、明石家さんまと所ジョージが56歳、石橋貴明と木梨憲武が49歳、松本人志と浜田雅功が48歳・・・。
 
紳助氏を含め、これらの大御所の方々は、各々が若い頃に新しい笑いを武器に頭角を現し、それまでの大御所たちの笑いを古く見せてしまうことで引導を渡してトップに立った、言わば<お笑いの革命世代>だと僕は認識している。
喩えるならば、まだ20代から30代の頃に徳川幕府を倒して新政府を作り、そのまま明治の元勲としてずっと政府のトップに君臨し続けた人たちみたいなものなのだ。

彼らの前の世代のTVの笑いのトップに居たのは、欽ちゃん、ドリフターズ、三波伸介、堺正章、桂三枝、やすし・きよしといった人たちである。
その頃のTVの笑いを大雑把に括るならば、<家族揃って楽しめる笑い>、<芸としての笑い>、<ベビーフェイスとしての笑い>、<ほのぼのとした笑い>といったキーワードが浮かんでくる。
そこを、MANZAIブームで脚光を浴びたビートたけしや紳助、独自のピン芸人のポジションにいたタモリ、さんまらが、意識的に<若者が楽しむ笑い>、<日常的な笑い>、<ヒールとしての笑い>、<尖がった笑い>を打ち出すことで時代の流れを自分たちに引き寄せ、TVの笑いの勢力図を塗り替えていったのだ。

80年結成のとんねるず、82年結成のダウンタウンは、タモリ、たけし、さんま、紳助よりも下の世代になるが、基本的に同じ流れを更に推し進め、新しい笑いを作っていった。
現在のTVの笑いも、彼らが作った形の延長戦上にあると言える。
中堅や若手もたくさん台頭しているが、大御所たちが作りあげた勢力図の中で少しずつ番付を上げていき、緩やかに世代交代の時機をうかがっているように見える。前の世代を否定し、新しい笑いを作りあげていこうという感じはあまりないのではないか。
まあ、日本のTVバラエティーの笑いの形が定着してしまった分、新しいことをやろうにもやれないということもあるかもしれないし、既成のものを否定する世代と肯定する世代の「世代論」に行きついてしまうのかもしれない。もちろん、時代の状況ということも大きいだろう。

したがって、「<ポスト紳助>や<ポスト・ダウンタウン>は誰か?」という質問を「次の徳川将軍は誰か?」とか「次の首相は誰か?」といった意味合いでとらえるなら、それなりの中堅・若手の名を挙げることも出来なくはないが、「今のお笑いに革命を起こして次の天下を取るのは誰か?」ということになると答えようがないのが現状である。
nice!(2) 
共通テーマ:お笑い

nice! 2