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桂ざこばさんのご冥福をお祈り致します

私が初めて桂ざこばさんを知ったのは、前名の桂朝丸時代に泉ピン子さんと共にレギュラー出演されていた日本テレビ系『ウィークエンダー』という番組でした。新聞の三面記事を詳しく解説・報告する番組で、ざこばさん独特のせっかち(関西弁で言う「いらち」)な口調で「〜なわけだ!」と下世話なニュースを熱っぽく語っていた姿には強烈なインパクトがありました。 1988年にざこばを襲名後は、師匠である桂米朝さんの端正な芸風とも、兄弟子の桂枝雀さんのデフォルメされた爆笑派の芸風とも異なる、独自の上方落語らしい上方落語の世界を築かれたと思います。 1992年にスタートした『ざこば・鶴瓶らくごのご』では、毎週、スタジオの観客から貰った3つのお題からその場で考えた三題噺で笑福亭鶴瓶さんと競い合う姿も忘れられません。 心よりご冥福をお祈り致します。
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今くるよさんの御冥福をお祈り致します

東京に生まれた私が初めて今いくよ・くるよの漫才を観たのは1980年のMANZAIブームの前年である79年に放送された『ヤングおー!おー!』という番組だった。 京唄子の口調を思わせるツッコミのいくよさんがキューピー人形のように目をクリクリとさせたくるよさんをズケズケとイジり倒し、ネタのラストでくるよさんがデップリとしたお腹を「パン!パン!」とイイ音をさせて叩いてみせた時のインパクトは、45年経った今も忘れることが出来ない。 それから間もなく巻き起こったMANZAIブームに乗ることが出来た女流漫才コンビは今いくよ・くるよと、春やすこ・けいこの二組だけだった。 その後、徐々にくるよさんの衣装がド派手になっていき、2015年にいくよさんが亡くなるまで、吉本の大看板として長きにわたって活躍された。私が構成した番組にも、何度か出演して頂いたものだ。 今頃、天国で相方のいくよさん、師匠の今喜多代さんらとの再会を果たし、一門会でも開いているに違いない。
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【西条昇メディア掲載情報】5/14産経新聞の旧ジャニーズ問題の記事にコメント掲載

2024-05-16T21:36:38.jpg2024-05-16T21:36:38.jpg5/14産経新聞朝刊の〈ジャニーズ謝罪1年 被害申告985人、長引く補償交渉〉と題した記事に、私、西条昇のインタビューコメントが掲載されました。 https://www.sankei.com/article/20240514-NNDVLOD34JLNPF7XXS6F4XVXZU

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亡くなられたキダ・タローさんのご冥福をお祈り致します

亡くなられたキダ・タローさんには、1992年にCD『浪花のモーツァルト キダ・タローのすべて』発売後に、当時、私が構成を担当していたテレビ番組『タモリの音楽は世界だ』(テレビ東京)にご出演頂いたことがありました。 バンドと男性コーラス陣がキダさんの指揮のもと、キダさん作曲の『アホの坂田』やCMソング『出前一丁』『兵衛向陽閣』『かに道楽』、番組テーマ曲『プロポーズ大作戦』『ラブアタック!』『2時のワイドショー』を次々に披露。タモリさんやゲストの北野誠さんらに「全部、一緒」「繰り返してるだけ」とツッコまれ、特別に作曲してきたというキダ版『タモリの音楽は世界だ』テーマ曲を披露する前には「だいたい予想がつく」「〝タモリタモリタモリ…〟最後に〝あ~あ~〟となるのでは?」と言われ、実際に演奏してみると、その通りだったというオチでスタジオが爆笑に包まれたのを思い出します。 御冥福をお祈りしております。
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【西条昇の東京お笑い史研究】中小企業楽団「バラクーダー」の復活ライブへ

2024-05-12T06:01:09.jpg2024-05-12T06:01:09.jpg2024-05-12T06:01:09.jpg2024-05-12T06:01:09.jpg2024-05-12T06:01:09.jpg2024-05-12T06:01:09.jpg本日5/11の午後は、新橋のespace天で「復活!!一夜限りのバラクーダー」を観てきました。
出演は、「日本全国酒飲み音頭」「チャカ・ポコ・チャ」「演歌・血液ガッタガタ」などコミックソングのヒット曲を持ち、今回が35年ぶりの共演となる岡本圭司さんベートーベン鈴木さんによる中小企業楽団「バラクーダー」のお二人と、声帯模写のはたけんじさん。
とりわけ、「リトル・ダーリン」「カレンダーガール」「恋の片道切符」といったバラクーダー時代のコミックバンド・ネタや「昔の名前で出ています」の替え歌ネタが楽しく懐かしく面白かったな。
思えば、1970年代後半、当時中学生の僕の好きだった東京の若手(?)お笑い演芸は、バラクーダー、星セント・ルイス、ツービート、タモリ、コント太平洋、ラッキーパンチ(のちのコント・レオナルド)で、お笑い演劇枠では東京ヴォードヴィルショーと東京乾電池でした。

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【西条昇のお笑い日記】博品館劇場でカンコンキンシアターを観劇

2024-05-02T17:45:05.jpg昨日5/1の夜は銀座の博品館劇場劇場で関根勤芸能生活50周年記念公演『カンコンキンシアター35 クドい! 〜烏骨鶏のジジィ参上〜』を観てきました。

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【西条昇メディア掲載情報】東京新聞連載「芸人 今昔ものがたり」関根勤編5回めが掲載

2024-05-02T17:31:37.jpg昨日5/1(水)東京新聞の朝刊に、私、西条昇が2022年4月から連載している「芸人 今昔ものがたり」の関根勤編④〈娘に夜ごと英才教育〉が掲載されました。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/324559

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【西条昇の東京演芸史研究】てんぷくトリオとコント55号が出演した1967年の東急文化寄席のプログラム

2024-04-14T21:47:15.jpg1967年5月の渋谷・東急文化寄席のプログラム。
牧伸二が司会の『大正テレビ寄席』の収録も行われており、「てんぷくトリオ」や結成2年めの「コント55号」、「バラクーダ」の前身のコミックバンド「岡本八とダスターポット」、歌謡漫談の「スリートーンズ」(宮崎じゅんは、のちに『ビートたけしのオールナイトニッポン』で有名になったホラッチョ宮崎)、森繁久彌の物真似が売り物で議員になる前の八代英太、漫才のコロムビアトップ・ライト、晴乃ピーチク・パーチクが出演。

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【西条昇の昭和芸能史研究】「ミュージックライフ」1957年8月号の丸山(美輪)明宏さんの記事

2024-04-13T19:40:01.jpg2024-04-13T19:40:01.jpg「ミュージックライフ」1957年8月号より、丸山(美輪)明宏の白黒グラビアと、特集記事〈話題のシスター・ボーイ 丸山明宏とはどんな男?〉。 22歳の美輪さん、美しいな。
〈シスター・ボーイ〉というのが当時のマスコミが美輪さんにつけたキャッチフレーズだった。
シャンソン歌手として初のリサイタルを日比谷公会堂で開いた頃のことだ。

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【西条昇メディア掲載情報】東京新聞連載「芸人 今昔ものがたり」関根勤編3回めが掲載

2024-04-03T20:19:17.jpg本日4/3(水)東京新聞の朝刊に、私、西条昇が2022年4月から連載している「芸人 今昔ものがたり」の関根勤編③〈テレビの枠を超えて〉が掲載されました。
tokyo-np.co.jp/article/318973

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