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【西条昇の喜劇史研究】澤田隆治さんと知り合う直前に常盤座で見た花王名人劇場の忠臣蔵コメディの公開収録

2021-06-11T21:55:25.jpg2021-06-11T21:55:25.jpg2021-06-11T21:55:25.jpg澤田隆治さんの企画・演出により、1988年11月20日に浅草・常盤座で公開収録された「花王名人劇場」の「爆笑コメディ 大忠臣蔵」の回のパンフ。
澤田さんらしく、大石内蔵助役の芦屋雁之助、吉良上野介役の由利徹、浅野内匠頭役の横山やすしの他、芦屋小雁、芦屋雁平、関敬六、石田英二、チャンバラトリオ、間寛平、ザ・ぼんち おさむ、宮川大助・花子、橋達也、はな太郎という東西の喜劇人に加えて、三波春夫が長編歌謡浪曲 俵星玄蕃をたっぷりと披露するという豪華キャスト。
当時24歳で「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」の構成作家になっていたが、まだ澤田さんとは知り合う前だった僕は、常盤座の二階席からワクワクしながら舞台を見つめていた。
節劇 神崎東下りの場では芦屋三兄弟が息の合ったところを見せ、浪曲師役の雁之助が神崎役の宮川大助に、手で〝いろは〟の字を空中に描きながら踊っているようにすれば動きの形がバシッと決まるんだと、お手本を見せる場面が最高だった。
由利徹の十八番である外伝・山崎街道では、かつて亡き佐山俊二が演じた与市兵衛役に僕が大好きだった石田英二、最後の最後に立ち上がって動く地蔵役にはな太郎という配役で、思えば、石田・はなのお二人ともこの時が僕にとっては最後にそのお姿を見た舞台となった。
12月の放送を楽しみにしていたところ、11月下旬に長男の傷害事件で横山やすしが謹慎となり、放送延期に。翌年3月に復帰するも4月には本人の酒気帯び運転による人身事故で吉本の専属契約解除となる。
その数ヶ月後、浅野内匠頭役を月亭八方が代わって演じ、一部が常盤座で録り直された。
その間、僕は澤田さんに手紙に企画案とコント台本を添えてお送りしたことから「花王名人劇場」の脚本と構成の仕事を二本させていただくことになり、打ち合わせも兼ねてリハーサル中の常盤座を訪れ、コメディを演出する澤田さんの様子を初めて間近で眺めたものだ。

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