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【西条昇のクレージーキャッツ史研究】植木等が加入前のクレージーキャッツの写真を発見

2023-08-24T22:15:09.jpg2023-08-24T22:15:09.jpg2023-08-24T22:15:09.jpg1957年6月18日〜7月1日に新宿コマ劇場で開催のコマ・グランド・ショウ「ジャズは廻る」(渡辺プロダクション提供)のパンフに掲載された「ハナ肇とクレージーキャッツ」の写真はまだ植木等が加入前の物である。Wikipediaには植木は57年3月1日には「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」からクレージーに移籍したとあるのだが、写真にはハナ、犬塚弘、谷啓(当時は谷敬)、石橋エータロー(当時は石橋暎一)、そして石田正弘の5人が写っている。
一方、同じ57年9月25日〜10月8日に新宿コマ・ジャズまつり「再びジャズは廻る」のパンフでは植木を加えた6人体制での写真がメンバーの名前と共に掲載されている。Wikipediaでは石田に代わって安田伸が加入したのが57年9月と書かれているが、テナーサックスのメンバー交代はこの時の公演直前、あるいは公演中だったのだろうか…。

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テリー・ファンクさんのご冥福をお祈り致します

2023-08-24T09:34:05.jpgプロレスラーのテリー・ファンクさんが亡くなられたとのこと。
僕がこれまでに観てきたライブ・エンターテイメント(ロック、アイドル、お笑い、ミュージカルなども全て含めて)の中で、最も興奮したのが、1977年12月15日に全日本プロレスが蔵前国技館で開催した第1回オープンタッグ選手権のドリー&テリーのファンクス対ブッチャー&シークの試合においてブッチャーがテリーの腕にフォークを刺した数分間でした。
レフェリーのジョー樋口はフォーク攻撃の瞬間をのらりくらりと絶妙のタイミングで見逃し続け、助けに入ろうとするドリーを制止している間にブッチャーとシークが二人がかりでテリーに凶器攻撃。当時中学生で同級生たちと枡席で観ていた僕を含む観客の大半が思わず「樋口、フォークだろ!」「樋口、うしろうしろ!」「樋口、バカヤロー!」と叫んでいた。テリーが包帯を巻いた左腕でブッチャーやシークの頭にナックルパートを叩き込んだ瞬間は興奮の絶頂に。
テリーは感情を剥き出しにして観客の心を鷲掴みにし、揺さぶり、エキサイトさせることに長けた名レスラーであり、最高のエンターテイナーでした。合掌。

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【西条昇のドリフターズ史研究】ドリフの前身「サンズ・オブ・ドリフターズ」のグラビア・ページ

2023-08-24T09:33:54.jpg2023-08-24T09:33:54.jpg2023-08-24T09:33:54.jpg2023-08-24T09:33:54.jpg2023-08-24T09:33:54.jpg「ミュージック・ライフ」別冊「ウエスタンの友 Vol.1」(1958年1月1日発行)に掲載されたザ・ドリフターズの前身バンド「サンズ・オブ・ドリフターズ」(リーダーは岸部清)のグラビア・ページ。
ボーカルの山下敬二郎は前年11月に「ウェスタン・キャラバン」に移籍しているが、編集作業が間に合わなかったためか、そのまま掲載されている。
山下の脱退によりボーヤだった井上ひろしがボーカルに昇格し、少し遅れて坂本九もボーヤからギター兼ボーカルとなるも4ヶ月ほどで「パラダイス・キング」へ移籍。
59年に岸部は58年初頭に加入の桜井輝夫にリーダーの座を譲ってマネージャー業に転身し、のちに第一プロダクション社長となる。
59年秋に井上らが脱退すると、桜井はボーヤ出身の小野ヤスシらと徐々にバンドのコミック化を進め、62年にいかりや長介(当時は碇矢長一)と加藤茶(当時は加藤英文)がメンバーに加わっている。

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【西条昇のドリフターズ史研究】高木ブーと荒井注が加入時のドリフのML誌人気投票の順位は?

2023-08-24T09:33:42.jpg2023-08-24T09:33:42.jpg2023-08-24T09:33:42.jpg2023-08-24T09:33:42.jpg2023-08-24T09:33:42.jpgザ・ドリフターズから小野ヤスシやジャイアント吉田らが脱退し、高木ブーと荒井注が補充メンバーとして加入したのは1964年9月のことだが、「ミュージック・ライフ」誌の64年10月号掲載の人気投票中間発表でのロック&ウエスタンバンド部門で、ドリフは寺内タケシのブルー・ジーンズ(1位)、ダニー飯田とパラダイス・キング(2位)に次いで3位にランクインしている。当時のドリフはNTV「ホイホイミュージックスクール」にレギュラー出演しており、ジャズ喫茶界隈では既に人気バンドだったことが分かる。そんな中で、いかりや長介の「やる気がねえんならやめちまえ」という一言がきっかけとなったのちのドンキーカルテット組との分裂騒動だっただけに、いかりやは責任を感じて新メンバー集めに奔走したと思われる。
コーラス・グループ部門では1位がパラダイス・キング、2位がザ・ピーナッツ、3位に初代ジャニーズ、4位がスリー・ファンキーズで、初めてジャニーズが男性アイドルグループの先輩格のスリー・ファンキーズより上位になっている。
ちなみに、この時、日本の部で男声歌手1位が坂本九、女声歌手1位が弘田三枝子、外国の部で男声歌手1位がプレスリー、女声歌手1位がコニー・フランシス、ヴォーカル・グループ1位がビートルズ、インストルメンタル・バンド1位がベンチャーズと、錚々たる顔ぶれが名を連ねている。

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【西条昇のジャニーズ鑑賞日記】東西ジャニーズJr.総出演の東京ドーム公演へ

2023-08-24T09:33:18.jpg2023-08-24T09:33:18.jpg8/20は夕方から、総勢200名の東西ジャニーズJr.が一堂に会した『ALL Johnnys' Jr. 2023 わっしょいCAMP! in Dome』東京ドーム公演へ。
今回の演出はKAT-TUNの亀梨和也くんだけに、変声期前のチビっ子Jr.たちの使い方といい、和太鼓あり下駄タップあり変面MUSKありの〝和(ジャポネスク)コーナー〟といい、ジャニーズの原点「ウエストサイド物語」のように2チームの対立構造で見せる〝VSコーナー〟といい、デビュー前のKAT-TUNが出ていた頃のJr.のコンサートやKAT-TUNとNEWSによる「SUMMARY」の構成・演出を思い起こさせるものがあった。
Jr.の黄金期を知る亀梨くんの演出起用は、ジャニーズJr.らしいコンサートを次世代に伝える役割が期待されてのことだったと思う。
これまでに観てきたジャニーズのコンサートや舞台の中でもKAT-TUNとNEWSの「SUMMARY」が取り分け大好きな僕にとっては、21年前の楽しさが蘇ってきたようなライブであった。
京セラドーム公演同様に、アンコール部分のみスマホによる撮影とSNS共有が解禁されていた。

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