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【西条昇のお笑い史コレクション】昭和17年の帝都座演芸場と東宝笑和会のプログラム

2019-10-13T18:51:25.jpg2019-10-13T18:51:25.jpg手元にある、昭和17年(1942)11月上席の東宝演芸会社提供の帝都座演芸場と東宝笑和会のプログラムと帝都座演芸場の入場券。
〈銃後の健全娯楽は東宝の演芸から〉。
帝都座演芸場には、音曲漫才の十辺舎亀造・住江、指の音楽の田村大三指笛楽団、漫劇の波多野栄一一党の他に、音楽軽演劇の大宮登志夫とその一党が出演。
大宮登志夫は戦後に「デン助劇団」を率いて一世を風靡した大宮敏光(晩年に敏充と改名)の前名である。
帝都座演芸場は昭和22年1月に秦豊吉が構想した〝額縁ショウ〟を上演し、話題を呼んだ。

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【西条昇のお笑い史コレクション】コントトリオ「ギャグメッセンジャーズ」のサイン色紙2枚

2019-10-13T16:41:17.jpg2019-10-13T16:41:17.jpg手元にある、昭和40~50年代前半に活躍したコントトリオ「ギャグメッセンジャーズ」のサイン色紙2枚。
1枚めは昭和44年9月の物で、当時のメンバーはリーダーの須磨一露に田畑俊二と丘さと志。
この後、田畑が脱退し、町田陽介→成美信とメンバーが変遷。
2枚めは、トリオ解散寸前の物で、須磨の他は七重欽介となんばゆうと。
ギャグメッセンジャーズの前身「Aワンコミック」には須磨、田畑の他に萩本欽一が在籍していた。

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