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【西条昇の演芸史コレクション】戦前の東京豪華爆笑名人大会のポスター

2019-02-28T12:49:32.jpg手元にある、地方公演用の東京豪華爆笑名人大会のポスター。
〈松竹演芸部元大幹部〉兵隊の祐十郎 其一党と、〈全漫才界の大家〉朝日日出丸 其一党。
兵隊の祐十郎は、浅草で兵隊喜劇を売り物に活躍した曽我廼家祐十郎である。
他に、高級漫才、女流漫才、掛合漫才、お伽漫才、舞踊漫才、音曲漫才の6組。
浅草・金龍館での松竹の爆笑漫才大会などに出演していたメンバーだろう。

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【西条昇の東京喜劇史コレクション】昭和14年の有楽座での榎本健一一座の公演パンフ

2019-02-28T10:32:21.jpg手元にある、昭和14年3月の日比谷・有楽座での榎本健一一座の公演パンフ。
表紙は「エノケン誉れの土俵入」の力士姿のエノケンの舌の部分を下に引っ張ると口上が書かれているという仕掛けが。
エノケンらしくて良いね。
演目は「音楽喜劇 雨の舗道」「パッシング・ショウ 有楽街メロディ」「マゲモノ・ナンセンス エノケン誉れの土俵入」「オペレッタ 駄々っ児ケンちゃん」の4本。
「誉れの土俵入」は翌年、中川信夫監督によって映画化された。

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【西条昇の浅草映画史コレクション】昭和34年末~翌年正月の浅草日活のプログラム

2019-02-27T22:25:05.jpg2019-02-27T22:25:05.jpg手元にある、昭和34年12月末から翌年正月にかけての浅草日活のパンフ。
表紙は、昭和34年12月27日公開「男が命を賭ける時」主演の石原裕次郎である。
翌週公開作品は小林旭・主演「口笛が流れる港町」。
丁度、「タフガイ」裕次郎、「マイトガイ」旭の日活アクション映画全盛期にあたる。
浅草日活は、それまで富士館のあった場所に戦後間もなく開場。日本映画の斜陽化と共に昭和48年に閉館し、浅草日活は浅草東映地下に移転。跡地はキャバレーとなったが、閉鎖後はしばらく廃墟として放置されていた。
その後、建て直されて開場したショーレストラン「ロックンロック」には欽ちゃん劇団が常打ち出演し、現在はパチンコスロットパンドラとなっている。

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【西条昇の浅草芸能史コレクション】昭和31年の公園劇場でのデン助劇団の公演パンフ

2019-02-27T19:15:20.jpg手元にある、昭和31年4月の浅草・公園劇場でのデン助劇団こと大宮敏光一座のパンフ。
他に、〈踊る歌麿美人〉浅草桃太郎一行、〈若手女剣戟の人気者〉大谷春栄一座、劇団青春座が出演。
デン助劇団は、ホームグラウンドにしていた浅草松竹演芸場から、すぐ裏手というか背中合わせの場所にあった公園劇場に出張出演した形である。TVの「デン助劇場」で全国的な人気を得るのは、これから3年後のことだった。
デン助人形が懐かしいな。

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【西条昇の浅草食べ歩き】来集軒でラーメンとシューマイを

2019-02-27T18:54:10.jpg2019-02-27T18:54:10.jpg2019-02-27T18:54:10.jpg2019-02-27T18:54:10.jpg今日は午前中から大学でAO入試面接をした後に浅草へ出て、イラストレーターでもあるハラ薬局の原えつおさんと一緒に来集軒でラーメンとシューマイを。

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【西条昇の浅草食べ歩き】久々に旧オペラ館裏の翁そばで

2019-02-27T18:17:40.jpg2019-02-27T18:17:40.jpg2019-02-27T18:17:40.jpg昨日は久々に浅草・旧オペラ館裏の翁そばで、カレー南蛮そばの大盛りルー別の餅入りの玉落としを。

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【西条昇の浅草キャバレー史コレクション】浅草・新世界ビル地階のキャバレー「一力茶屋」チラシ

2019-02-27T12:52:57.jpg手元にある、浅草映画街・新世界ビル地階のお座敷キャバレー「一力茶屋」のチラシ。
「キット!! 見えます覗けますSHOW」と「小人対女子 プロレス大会」という面白そうなプログラムである。
写真のミゼットレスラーは、プリティ・アトムとミスター・ポーンか。
女子レスラーのほうは、ジャンボ宮本と、もう一人は誰だろう。

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【西条昇の女剣劇史コレクション】昭和30年の浅草・奥山劇場での浅香光代一座の公演パンフ

2019-02-27T12:13:43.jpg2019-02-27T12:13:43.jpgイヨッ! 浅香先生!!
手元にある、昭和30年の浅草・奥山劇場での浅香光代一座のパンフ。
奥山劇場は、木馬館の並びの場所にあり、昭和初期には水族館(二階の演芸場でのカジノ・フオーリーでエノケンが活躍)、戦後は天龍座だったところを当時の常盤堂の穂刈社長が浅香のために作った劇場で、現在はセブンイレブンが入った建物になっている。。
女剣劇の先輩スターで年上の不二洋子が殺陣を、二代目・大江美智子が早変わりを得意としたのに対抗して、浅香は片肌や太ももなどの素肌を強調する「色気」や「チラリズム」の要素で人気を博した。

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【西条昇の女剣劇史コレクション】昭和27年の浅草花月劇場での大江美智子一座の公演パンフ

2019-02-27T10:31:50.jpg手元にある、昭和27年の浅草・花月劇場での「鈴鳳劇」二代目・大江美智子一座のパンフ。
大江美智子は、早変わりを売り物に女剣劇ブームを牽引し、昭和30年代には浅草・常盤座をホームグラウンドとして活躍した。
浅草・花月劇場は、この後、実演興行から撤退して映画館に転向している。

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【西条昇の浅草レヴュー史コレクション】昭和14年の国際劇場での松竹少女歌劇の公演パンフ

2019-02-27T08:36:49.jpg手元にある、昭和14年1月の浅草・国際劇場での松竹少女歌劇の新春公演のパンフ。
第一部 武士道日本「忠臣蔵」、第二部 建設日本「大陸行進曲」、第三部 躍進日本「防共の誓」という内容を受けて、表紙には吉良邸や、日本と防共協定を結ぶ国々の国旗などが描かれている。
国際劇場は昭和19年に一度閉鎖されて風船爆弾の製造工場となり、松竹少女歌劇団も慰問を目的とした松竹芸能本部女子挺身隊に改められた。

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